article
http://fujiwaradaisuke.com/article/
ja
2008-10-17T00:29:20+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #16
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000351.html
SXQ!・ロシア〜リトアニア・ツアーも帰国の時を迎えました。ロシア編が終わってからはなんとなく惰性で動いてたような気もします。早朝、昨晩の酔いも完全に抜けていない状態でバタバタと空港へむかいました。 ヴィリニュスからモスクワへ。モスクワで12時間のトランジットがまっています。最後の1時間がこれまた長いんだよねー。 // はい。現在モスクワの空港で地獄の12時間監禁状態中。せっかくなのでリーダー松本に今回のツアーについてインタビューしてみましょう。よろしくおねがいします。 まず今回の旅のMVPは? 松「それぞれの役割が明確だったですね。戦隊モノのかんじで。だから誰が一番貢献したかというのは言えません。」 そうですね。まったく同感です。 ではベスト・パフォーマンスだったと思う場所は? 松「たぶんね、ニジニノヴゴロドのレコードですかね。とにかくSXQ!はスケジュールをつめてライブをしたことがなかったんだけど、いい感じにバンドサウンドになってきた、ちょうど食べごろな演奏だったと。それにあの日はたっぷり演奏できたし。」 次。もう一度行ってみたい場所、もとい、今からでも帰りたい場所は? 松「あー、全部だね。もう一回全部回りたいね。まーこう言っちゃうと投げやりな感じだから、あえていえば、サンクトのカフェ。」 イエス。激しく同感。やっぱあのネーチャンの笑顔と壷焼きっすかね。 松「そう壷ね。」 (注;名前が思い出せないロシアの肉じゃが。壷に入っていてジャガイモと牛筋ににんにくたっぷりのシシューのような食い物) じゃー、一番の美人は?こりゃーもーリューダにしときますか? 松「(笑い)じゃー次いってみよう。」 そうっすねー。一番しんどかったのは? 松「あの日だね。」 というと 松「あの、おなか壊した日。これはロシアのニジニ〜ヤロスラブリの移動中だったかな。ただね、ロシア国内では苦労があんまり苦労に感じられなかったっていうか。こっちもテンションあがってて。それでリトアニアにぬけて、いわゆる先進国っていうか、、」 西側に入って気がぬけた? 松「うん。自分でも驚いたんだけど、ささいなことで精神的にヤバくなって。」 それは日記にも書きました。しんどかったですね。 松「でも今ロシアにもどってきてまたあのテンションも戻ってきた。」 ハハH。 松「演奏はそれを反映してるかもね。くらべて聴いてみないとわかんないけど。やってるときはまったく気がつかない。」 そうっすね。 松「あー、それでね、関係ないけど、思い出したことがあって、いく先々でテレビや雑誌なんかのインタービューをうけたんだけど、インタビューアーがすごく洗練されているような気がした。けっこう自分でも考えてなかったようなことを聞いてきてくれて、逆に自分の頭の中が耕された。まーロシア語から英語を経由して日本語でしゃべったので大変だったけど。」 それ、わかります。インタビューされると言葉にしますからね。漠然とこんなもんだろって思ってたことが言葉になったときに、あれこんなことだったっけと思ったり、そうかそういうことだったのかと新しい発見があったり。で、どんな発見がありましたか? 松「あー例えばねぇ、すごい基本的なこと。なぜ5人なのかとか、なぜサックス・アンサンブルっていうかたちをとっているのか。なぜ実験的なのか。その辺からインタビューが入っていくんだけど、こっちが返す回答に、もい一度つっこみが入って、言葉の所為かもしれないんだけど、自分の無意識世界をふっとのぞいたような、ヘンなかんじ。」 松「あとね、なんで日本でやってんのかとかね。日本じゃこんなにお客が入んないとかいうと、じゃーなんでこっちで活動しないんだってつっこまれる。」 でも東京がいいんでしょ? 松「そうそう。もちろん。」 なんでですかね。 松「生まれた所に責任とるっていうわけじゃないけど、、。」 やっぱそうっすよね。 松「2つ考え方があって、自分にもっとも適した場所を探し出して住む。これもいいと思うんだけどね。」 じゃー今回の旅でそういう”自分に適した場所”ってありましたか? 松「うーん。今回のなかではないかもね。」 あったら日本に帰ってないか。...
fujiwara
2008-10-17T00:29:20+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #15
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000350.html
さーて、最終日っす。今日は完全オフ。午前中は記事をアップして午後からヴィリニュスのアテンドをしてくれたドナタと市内を観光。 小高い丘があってお城が立っています。紅葉がきれいで、小川が流れ、石畳の坂道を上がります。 我々がいるのは旧市街ということで映画やCMに出てきそうな小道が迷路のように曲がりくねっています。 どこもかしこも清潔で新しく、これは日本人向けの街ですね。英語もたいていは通じるし本当にノーストレスです。ロシアでの異国指数がかえって懐かしく感じられます。 夕方アンタナスとホテルでおちあい、そのまま飲み会になりました。 彼もフェスティバルが終わってようやく肩の荷がおりた雰囲気。ビールをのみつつフェスティバルの歴史などについて語ってくれました。今回のフェスティバルは21回目。ドナタも21年もつづけるアンタナスのバイタリティーに尊敬とあこがれを感じているようです。最初にフェスティバルを開催したときはまだソ連邦に併合されていたころ。ちょうどペレストロイカがはじまった年だったようです。もともとはコンピュータのハード・ウエア・エンジニアだった彼は、東ヨーロッパのジャズフェスを何回か見にいき、いつか自国でフェスティバルを開催したいと思うようになったのだそうです。当時は敵国の音楽ですから、貴重なジャズのレコードを窓を閉め切って大切に聴いていたと言ってました。そんな風に一音一音を噛み締めるように聴く音楽って、あまりにもコンビニな東京だと逆に難しくなってしまいますね。 このアンタナスの苦労話も含め、今回のツアーは恵まれた環境は本当に恵まれているのか、という事を考えさせられる旅になりました。 ストレスがあったって突き抜けるバイタリティーがあればいいんですよね。むしろストレスがあるからこそ、夢を持ち続けることができたり、仲間を思いやったりする気持ちが芽生えたり。そういえばロシアでは片時も離れることがなかったSXQ!の面々ですが、リトアニアでは自由行動が多かったなー。 飲み会は当然のウォッカがでてきてグデングデンに酔っぱらいました。翌朝は4時起床。モスクワ経由(トランジットが12時間!ゲげー。)で日本へ帰ります。...
fujiwara
2008-10-16T23:38:46+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #14
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000349.html
ヨナバの朝。なんにもない埼玉の田舎のような所に新しく工場やプラントが建設されています。国民の90%はカトリックだということでキリスト様もいらっしゃいました。 朝食後、来た道をヴィリニスへ戻ります。 今日もライブがあるはずなのですが、ちょうどリトアニア国会の選挙が昨日投票日を迎え、本日開票。その影響で今日のライブはキャンセルになりそうだとアンタナスが言ってました。いかに国民が政治に関心があるとはいえ、ライブがキャンセルになるってどーゆーこと?謎のままホテルでアンタナスの説明を聞くことにしました。 予想通り、本日の演奏はなし。ツアーの総仕上げが消えてしまって本当にがっかりです。でも選挙って?と、聞いてみると、今日のイベントはアンタナスのはからいで行政や政治家などを多数招待していて今後の足がかりにしようというパーティーだったようです。彼らにとってはそれどころの日ではないですね。アンタナスは日本のジャズ・シーンをすごく大切にしてくれていて、再来年のジャズフェスはずばり日本のジャズを全面的にとりあげたいと熱く語っていました。それに対する伏線として今日のパーティーをブッキングしてくれていたようです。大きなイベンターともなればそっち系の人たちとのつながりも大事なんですね。 もう一つ彼にとって重大事件は今回のジャズフェスのメインアクトの一人であるチャールス・ゲイル(Charles Gayle)がなんと飛行機に乗り遅れ昨日のライブが流れたこと。1日遅れの今日、メインのステージでライブが行われるということで皆で聴きに出かけました。チャールス・ゲイルは長くストリート・ミュージシャンとして不遇の時代を送り、近年ようやく日の目をみたフリー・アバンギャルド系のジャズ・マスターです。バリトン吉田は大ファンだということで楽しみ。 会場では突然のスケジュール変更にもかかわらず大勢のお客さんがきていました。アナウンスされてでてきたチャールス・ゲイル。ストリート時代を彷彿とさせるくたびれた綿のジャケット。細身の体。フラフラした足取り。 ここでその音楽をお聴かせできないのが非常に残念ですが、彼のトリオの演奏はものすごく良かったです。久々に感動しました。歌があってエロス(彼自身の体からしか発せられないオーラのようなもの by木村)に充ちていてスィングしていて。アルト・サックスの後はピアノにむかって演奏。ここのピアノが良かった所為もあるけれど、メチャメチャ良い音でした。そうそう。ピアノに向かう前に昨日のお詫びを英語でスピーチ。 アンコールには「アバンギャルドを期待していたかもしれないけど」と前置きしてコルトレーンのナイーマをピアノで演奏してくれました。これがカッチョいいのなんのって。どフリーの後だっただけに美しいハーモニーが胸に響きました。 演奏が終わってからアンタナスの計らいで彼らと立ち話。スーパーナイスガイでした。うーん惚れるぜ。 ホテルで夕食をとったあと、アンタナスに急遽ジャム・セッションへ行こうと誘われました。地元ミュージシャンと文化交流ってことで、なんだか照れくさかったですが、行ってみることにしました。 行ってみたらば驚いた。キャパ200人くらいのハコに若い男女がすし詰め状態。マジっすか。セッションは現地の学生風のプレイヤーたちがコテコテのスタンダードをちょっと緊張しながら演奏してます。それをカップルとか友達同士の若い連中がビール片手に聴いてます。こんなのあり?しかもステージ前には体育座りで演奏を睨みつけてるやつらもいて、すごいテンション。 翌日判明したのですが、ホストのテナーマンはフリーもいけるプロのミュージシャン。Softlyなんかの後に突然フリーになったのを見逃さず、リーダー松本がソプラノで乱入。つづいて我々も乱入。ぶちこわしてしまったかなぁーなどと思いつつ、そそくさと退散。 いやしかし毎週月曜日、よくこんなに人が集まるよ。ジャズで。他の曜日は普通に(いやーもーフツーってなんでしょうねぇ。ロシア以降フツウがよくわからんです)テクノとかのイベントもやってるようでした。 若いお客が沢山きて盛り上がってるリトアニアのジャズ事情。日本の若者よ、カラオケなんて行ってないでライブに来るべし。お願いプリーズ・シュガー・オン・トップ。...
fujiwara
2008-10-16T23:22:56+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #13
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000348.html
リトアニア2日目。ホテルには朝食のバイキングがありました。なんてことありませんけれど、こういう普通のことが普通じゃない世界にいたんだなとしみじみ思います。昼の12時、ゆっくり目で集合。郊外の街、ヨナバへバス移動。 1時間半程のドライブでした。高速道路も車が少なく国全体の人口密度を感じます。まぁ日本、特に東京が異常なのですけれど。車窓からはただただビロ〜んとひろがる平地で、遠くに山などありません。地形的にはロシアのそれと同じなのですが、通りすぎる村の家から、ほったて小屋にいたるまで建物のセンスがとても良く、北欧の家具とか、近頃流行りのカフェとか、そんな風情です。途中の通過した大きな街は実物大のジオラマのようでした。そうそう、子供の頃によくながめていた田宮模型のプラモデル・カタログに載ってたジオラマですよ。あのまんま。ということはこういった美しい風景でも当時は戦車がバンバン打ち合っていたのかもしれません。 残念ながらそういうウツクシィ〜のはとれませんでした。帰り道に期待。 リトアニアという国はソビエト崩壊直後にはやばやと独立しました。ソビエト併合時代以前もポーランド、ドイツなどに併合されていた時代が長く、せっかく独立しても20年ともたなかったようです。しかし「歌の革命」とよばれた今回の独立運動からはメディアをつかった情報戦というあたらしい戦い方を駆使し国を守っているようです。軍隊をもって武装しないと落ち着けない国ってどうすかね? さてさて、まず一行は今日の宿泊先へチェック・イン。これまた新品です。街からは車で10分くらいですが、この周辺は新しい工場などが次々と立てられていてヨナバの誇りなんだそうです。室内もまたセンスがいいっすねー。 会場はヨナバ公営のアート・センター。今回は"Homo Ludens"という街のアートフェスティバルに出演。建物自体は東側の時に立てられたようで70年代のにおいがプンプンします。 1階の会場では写真のギャラリーがあったり、若者が仮装したり。 here you are! アテンドのアグネさんによるとおそらくこの街に来た初めての日本人じゃないか、なんて言ってました。そういえば昨日お会いした日本大使館の職員にきいたところによるとこの国にはたったの40人しか日本人がいないのだそうです。それでも日本の国のものは沢山知っていて、北野、宮崎など最近の映画からピカチュウまで。 アグネさんは絵画をやってる25才。現在はフィルム・アートにはまってるのだそうです。今回のフェスティバルのパンフレットのアートワークも担当。 リハーサルののちまもなく開場 ハチマキは本当はハチマキになってないんだけど、作ってくれました。こってます。 日本に対する関心の高さを示すように会場は立ち見がでるほど満員になりました。 120人くらいでしょうか。会場の響きもよく、リラックスして演奏。ちょっとリラックスしすぎた分、反省もありましたが、それなりにウケていたようで良かったです。 夕方5時からの演奏だったので夜は宿泊先で宴会。今日はバリトン吉田が絶好調。得意のカルト話でひたすら盛り上がります。 酒の席でのヨタですが、どうやらSXQ!とはリーダー松本が読みまくったマンガがルーツにあるようです。ハレンチ学園とマカロニほうれん荘に赤塚不二夫。ギャグとエロスとナンセンス。納得。なっとくしていいのか?「いや、いいんだよ」byリーダー。 D...
fujiwara
2008-10-16T22:58:03+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #12
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000347.html
モスクワ国際空港を朝9時に立ったSXQ!。5都市を回ったロシア編を終えリトアニアへ向かいます。リトアニアへはプロペラ機。 2時間弱のフライトで首都ヴィリニュスへ。入国カウンターはガラガラでスムースにパスすることができました。 ヴィリニュス・ジャズ・フェスティバルの主催者であるアンタナス氏が空港まで出迎えにきてくれていました。 右側の人がアンナナスさん。今回のツアーのセッティングをしていただいた副島氏の友人でもあり、2006年に来日した折りにはSXQ!の演奏も聴きにきてくれています。 ハイヤーのバスでホテルへ。空港から市街への道路は最近できたばかりのうように新しく、ソビエト製の車も、特徴的なスタイルの教会もありません。まったく見慣れた”西側”の世界で一同「帰ってきた」安心感とともに、気がつけば疲れがどっとでていました。 リトアニアではヴィリニュス・ジャズフェスティバルへの協賛をしているホテルに宿泊。ロシアではありえなかったチョー豪華な待遇で一人一部屋。しかもツイン。もちろんネットもやり放題でたまった日記をアップできました。 ここで一晩すごして本番だったらよかったのですが、昨夜12時にヤロスラブリを立って移動し、そのまま今日のイベントに出演です。皆ボロボロの体をひきずって会場入り。 会場は3階の客席まである古いスタイルのコンサートホール。 サウンド・チェックの後、近所のカフェで休憩。(ここでとった写真がnewsのページの画像です)ロシアでは”カプチーノ”といってもうすーいカフェラテのようなものでしたが、ひさしぶりにカプチーノらしいカプチーノをいただきました。しかも顔つきですよ。ロシアじゃありえん。 ヴィリニュスの街は本当に清潔で封を切ったばかりのような新しさがあります。2009年からEUの「文化の首都」となることが決まり、そういった政治的影響もあるかもしれません。 ヴィリニュス・ジャズ・フェスティバルでは我々の前の出演が地元のピアノ・トリオでメインのデビット・マレイのバンドもストレイトアヘッドなジャズだったこと、加えてロシアでの緊張感がフっと切れてしまったことが重なって、リーダー松本の顔の皺も倍増。メンバーの疲労も限界。旅をともにしたヨーロッパ・ノイズ連合の仲間ももういません。ちょっとしたミスもでて楽屋には少しピリピリした重たい空気が流れ始めていました。 しかし、そこはロシア・ツアーを経たSXQ!のチームワーク。イライラしたってしょうがない。ロシアで我々の演奏を一生懸命聴いてくれたヨーギルたちの笑顔を今一度思い出し、最後の力を振り絞るのでした。(@号泣しろよ) 今日も尺八の独奏から「高周波」〜「音まわし」でスタート。ステージに松本、吉田が2階席に木村、藤原がカミシモにわかれ会場全体を包囲します。バナは3階で放し飼い。「高周波」はフラジオ音域の高い音をわざとぶつけあって差音を聴かせるという趣向。「音まわし」は反時計まわりに音をリレーしていきます。こういったスタイルでは会場の鳴りも重要ですが、さすがにコンサートホールだけあって響きがすばらしく吹いていても気分が良かったです。そのあと全員ステージに戻り「1月」「Time to kill」など持ち曲を演奏。 歴史あるコンサートホールで我流をつらぬいたSXQ!。しかもそうとうアバンギャルドなプレイだったにもかかわらず、この国ではめずらしいというアンコールのリクエストまででる程の大喝采を受け、終演後はメンバー一同ニヤニヤしながらおいしいビールをいただきました。 演奏後、楽屋にはサインをもらいに来てくれた若いお客さんや、ロシアやヴィエニュスでニアミスしていたイスラエルのバンドメンバー(バークリー音楽院時代の仲間の知人(ユバル・コーエン)だったので懐かしかったです)などが挨拶に来てくれました。 ライブ後、さすがに全員グロッキーで打ち上げもせず、(写真も撮ってないし。)そのまま就寝。明日はヴィリニュス郊外の街のアートセンターでライブです。 D...
fujiwara
2008-10-14T17:43:29+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #11
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000346.html
ヤロスラヴリの2日目はザ・ヨーロッパ・ノイズ連合のイベント。やはりここでも昼間は観光。しっかし良く歩くなー。 ニジニ・ノヴゴロドにも流れていたボルガ川沿いを散歩。 大陸を悠々と流れる大河は“重さ”が違います。ホテルの近所と違って閑静な町並みもあり、教会があり、そしてトローリーバスが走り。 それぞれのロシアの街はまったく違う顔をもっていますが、共通するのはトローリーバスと路面電車。元共産党本部と思われるスクエアで重工な建物。赤い教会。 よく見ると、紋章に熊が。ベルリンにもいたなー。 途中、JAZZセンターに寄って見学しました。 館長のイーゴリさんにコーヒーをごちそうになりました。ソビエト時代にはありえなかったというジャズの学校。今回のSXQ!ロシア・ツアーの成功を支えていたのはこういった歴史的事情があるのかもしれません。日本にいると何でも手に入るのが当たり前ですが、ジャズという一つの音楽のスタイルでさえ、十分に知識を得るのが困難な時代があったというロシアの事情を思うと、自分が如何に恵まれた環境にて、あぐらをかいてはいなかったと反省せずにはいられません。何でも手に入るという環境がかならずしも良いわけではないのですね。精進しょうじん。。 さて今日のイベント。ヤロスラブリのイベンター、サーシャさんのブッキングで美術館でのノイズ・パフォーマンス。いやー今日も我らがノイズ連合、かましてくれました。 でも明朝モスクワでヤツラとはお別れです。 優しくて力持ち、気配りもきくし冗談もかまして場をなごませるという「the 男」クリストフ。 寡黙でシャイだけれど、いざパフォーマンスとなれば汗だくでオリジナルのシンセを演奏するエドワルド。この日も最高でした! いつもジョークで場をなごませ、SXQ!をアゲてくれていたヨーギル。ひとたび演奏となればスーパー・ストイックなノイズで圧倒してくれました。 SXQ!とヨーロッパ・ノイズ連合のロシア・ツアーも演奏が終了。深夜0時発のモスクワ行きに乗り込みます。 寂しさを隠すように寝台列車のなかでは宴会状態でもりあがり。いままで呑んだ姿を見なかったエドワルドもウォッカをぐいぐい。一緒の車両だったタジキスタンからきたイスカンダル(!)という名のオッサンも熱い人物でもりあがりました。 4時間の移動でモスクワ着。タクシー・バスで空港へ。国際線のターミナル1でヨーギル、クリストフとお別れ。ガシっとハグして再会を誓います。 我々の出発するターミナルCまで、エドワルドとすっかり我々の”ビック・ママ”となったリューダが見送りに空港まで来てくれました。 ロシア・ツアーをオーガナイズしてくれたリューダ。純粋に音楽を伝えたいという意識でツアーをブッキングしてくれた姿勢が、それぞれの場所での大成功につながっていたと思います。信じる音楽を裏切らない信条こそ最も大切であって、信じきることができれば必ず結果はついてくるということを再認識することができました。スパシーバ(ありがとう!)リューダ! D...
fujiwara
2008-10-13T23:55:29+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #10
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000345.html
朝10時、ロシアツアー最後の街ヤロスラブリに向けて出発。今回のバスはフォード製。アメリカの車が走っているのも時代なのでしょうか。十分な広さで快適そうです。 バナと一緒に映っているのはニジニ・ノブゴルドのオーガナイザー、バーベルさん。英語も達者でチョーナイスガイ。お世話になりました。 途中で食料、水など買い出し。日本でいうところのサービスエリアというところでしょうか。巨峰に似たおいしいブドウを購入。 これだけ入って200円くらい。安っ。 モスクワなどの大都市を経由せず、1車線の田舎道をひたすら走ります。窓にスモークがかかっていたので写真がないのが残念ですが、いくつもの小さな村やソビエト時代に共産党によって破壊された教会、広大な牧草地で草をはむ牛、ヤギ、馬。ヨーロッパともアメリカともちがう車窓でした。 夕方5時過ぎにヤロスラブリ到着。 当地でのオーガナイザー、サーシャさんが迎えてくれました。 今回の宿泊先です。 ヤロスラブリは大きな街ですが、ホテル周辺はユーラシア大陸の匂いがプンプンです。 今日はそのままSXQ!の出番です。バスはよかったものの、さすがにガタガタ道を7時間でちょっと疲れてます。これまた美人ドライバーの運転によるソビエト車の4駆で会場入り。 今日のハコは川縁にあるヤロスラブリ版のモーションブルーといったおもむき。 BGMにはアメリカン・ポップスがながれております。デコレーションは70年代の日本のカルチャーを思い起こさせます。なんつーかアメリカへの幻影とういう感じ。照明はピンクやむらさき。我々にはちょっと場違いな感じもします。 かるいリハーサルの合間にご飯。いままでで一番の豪華な食事でした。疲れた体においしくいただきました。とくにロシアで一般的なコールスローのようなサラダがうまかったです。 本番前にテレビの取材。ロシアでは各地でテレビ、新聞の取材を受け、日本に対する関心の高さがうかがえます。 ちょっとアウェーな雰囲気でしたが、旅慣れてきた我々はいつものように演奏。今日は2セット目にバナが会場で絶叫。今日もお客さんを月までカッ飛ばしてやりましたよ。フォフォフォ。 しかしさすがに演奏後はバテた。打ち上げもそこそこホテルにもどりました。 D...
fujiwara
2008-10-13T20:09:11+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #9
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000344.html
ニジニ・ノブゴルドのホテル。ババーンとスターリン・スタイル。 さて昨日のヨーロッパ・ノイズ連合からバトンを受けて本日SXQ!、出番です。 ニジニ・ノブゴルドのハコは"PEKOPEД"。キリル文字です。さてなんと書いてあるのでしょうか? (カッチ、カッチ、) ヒント。pはrに変換します。 答えはrecordでした。ようやくキリル文字にも慣れてきました。顔文字でよくみるДはDなんですね。"KAФE"はカフェ。キリル文字を見ただけてなんだか恐ろしいというような印象がすくなからずあったのですが(冷戦時代は楽しい情報など日本に入ってきていなかったですからねー。情報操作こそおそろしい。。)慣れてしまえばただの文字。 会場は昨日と同じ映画館。キャパは500席ほど。そんなに沢山お客さんが来てくれるのかしら。 SXQ!は通常マイクなどのPA機材を使わないのが信条なのですが、担当のエンジニアに説得されてとりあえずマイクを立ててもらうことに。 リハ風景。やっぱりコイツは、、。 そして開場。 心配していた客の入りもごらんの通り。ほぼ満席でもちろんダントツの動員記録です。学生風の若者が中心でした。ニジニのイベンター、バーベルさんの尽力です。スパシーバ! いままでにない観衆の前、ものすごい反応でちょっと大味でしたが、映画館のなかを走りまわって楽器を吹き倒しました。 初めてのPAも優秀なエンジニアのサポートもあり弱音系の音などを有効に使うことができたり、バリトン吉田の”デスメタル奏法”もマイクをつかって炸裂し客席もボルテージあがりまくり。 当然おわった後はウォッカで乾杯! 興奮してすっかりグルーピーと化したギャルにモテモテのゴールデンエンジェル。 打ち上げ終了後、美人ドライバーの運転でホテルまで連れて行っていただきました。ソビエト製のマニュアル車をグイングインとかっとばす姿。かっちょよかったっす。 翌日はロシア編のシメ、ヤロスラブリへ移動です。 D...
fujiwara
2008-10-13T19:59:14+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #8
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000342.html
ニジニ・ノヴゴロドのホテルから見た街 本日も演奏がないので今日はニジニ・ノヴゴロドの観光です。会場でランチということで現地スタッフが迎えにきてくれました。この街はロシアでもかなり大きな街ということで、市内には路面電車が走り、我々の宿泊しているホテルのようなしっかりした建物が多くみられます。モスクワに並ぶ大都市ですが、モスクワの雑多な印象がなく、ヨーロッパ的な町並みです。 ニジニ・ノヴゴロドの目抜き通り ひとたび路地をはいればこんな風景も。アジアを感じるのは”ゴールデンエンジェル=キムラ・マサヤ”のオーラか?? 本日の会場が入っている建物 会場に到着するとSXQ!の特大ポスターが!ありがたい。しっかし誰だこりゃ。 リーダー松本っす。 ニジニでの会場は映画館。北野武の「監督バンザイ」のポスターが貼ってありました。 そういえばモスクワでも特大の液晶テレビ広告にタケシが起用されていて、彼はかなり有名なことがうかがえます。見知らぬ人に声をかけられて「コンニチワ、ワタシ、ニホンゴ、ベンキョウしています」ということもあったりして、日本に対する関心の高さがうかがえます。 ランチの後、近くを散歩。ここにもクレムリンがありました。クレムリン=モスクワという認識だったのですが、クレムリンは城という意味があるようです。 ニジニのクレムリンは南に城壁、北にボルガ川を配置した設計になっていて、北側からのボルガ川をのぞむ景色は絵に描いたような美しさでした。 散歩の後、会場のシアターへ。 今日の出番は”ヨーロッパ・ノイズ連合”の3人。アレクサンドルフとちがってそれなりのPAだったので彼らのテンションもまた違います。お客さんはほとんどが学生風の若者たち。自分も立て続けにノイズ・ミュージックを鑑賞する機会がいままであまりなく、あらためてエクスペリメントというカテゴリーの音楽の意味を考えさせられる夜でした。 音楽を聴くときに、性格上(汗)その意味や歴史的な系譜などを考えてしまいますが、ノイズから言葉や風景を無理矢理想起することは無意味です。あるいは今までの自分の経験から自分のなかで今聴こえている音を検索し、整理することもできません。エクスペリメント=体験すること、それ以上であってそれ以下でもない。なんだか座禅に通じるものがあるような、、。吾が心のヒーロー、ジミヘンもおっしゃっております。" Are you experienced? " そして今日の3人のアーティストの音に対峙して自分と戦っている姿勢に静かに感動したのでした。 ライブ後、明日にむけてミーティングするSXQ! そしてその後、泥酔するSXQ! D...
fujiwara
2008-10-12T16:25:23+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #7
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000341.html
SXQ!の一行はアレクサンドロフ駅近くのホテルに宿泊。ここの人たちは全員あたたかな優しい笑顔で接してくれます。覚えたての「ダイチェ、コーヒー」(コーヒーください」だの「ドォーヴラヤ・ウートラ」(おはようございます)だのの一言で丁寧に返事をしてくれます。旅も長くなってきて洗濯ものもたまります。ホテルに頼んで洗濯してもらいました。乾燥機なんかじゃありません。干します。 町中にイヌ、ネコが多く、ほとんどすべてがノラ。皆で世話をしているようです。 本日出演のミュージシャンとリュ−ダがモスクワから到着し、皆で昨日にひきつづき、ヘレンさんの案内で観光。 昨日はヘレンさんの娘姉妹だと思っていた彼女らは実はそうではなくて、この街の英語学校に通う同級生。15歳の中学生でした。それでも中学生とは思えない英語っぷり。こういうことに積極的なところも国民性でしょうか。 イワン雷帝ゆかりの街ということで、観光ツアーのガイドもイワン四世中心になります。アレクサンドルフはイワンが17年間ロシアを統治した場所ということで、サンクト・ペテルブルク、モスクワ、アレクサンドルフとロシアの新旧首都巡りとなりました。 イワンが妻を沈めたという川。英語でグレイ・リバー。 アレクサンドルフのクレムリン 会場ちかくにある学校の講堂で昼食。学校給食をいただきました。(ただし、生徒とは別メニューのようす)これもまたうまかったっす。この街(気分的には村)のすべてのものには自分が小学生低学年の時代(はや30年前!!やべー)の風景を思い出させます。給食の食器、リエフの事務所、木のドアなどなど。 給食のオバチャン。どこでもいっしょですな。 夕方、今日から合流したミュージシャンのライブ。スイス、ギリシャ、ロシアのノイズ系アーティストのパフォーマンス。お客さんは昨日と同じ。沢山の子供たちもいます。さすがに子供に聴かせる経験が少ないらしく、ミュージシャンも気持ちの持ち方に苦労していたようです。 最初はスイスからきたターンテーブル・パフォーマーのクリストフが自前のスイス製ターンテーブル2台によるアクト。ターンテーブルをノイズマシーンとしてみたときに何ができるかを追求した演奏で、様々な種類のカートリッジにゴムバンド、そしてターンテーブルにのせる仕掛けによってミニマルなループを重ねていきます。こういった音楽はあまり知識がなかったのですが、さかのぼると70年代くらいにはじまっていた手法のようです。 次に登場した"PAPA SARAPA"ことロシア人のエドワルド。発砲スチロール(!)の外枠に自前のサーキットプレートをくみあわせた不思議なアナログマシンを使ったパフォーマンスでした。 quartz head的には機材話で盛り上がりたかったところですが、彼はロシア語オンリーでしかもシャイ。機材をのぞいて推測するしかありませんでしたが、年齢から察するにソビエト時代からこういうことをやっていたんじゃないかと思われます。 最後はギリシャからきたヨールギスのラップトップ・コンピュータによるパフォーマンス。彼の陽気で多弁な人柄からは対極にあるような、じりじりするような30分アンビエント・ノイズ一本勝負でした。サンプリングを主体としたループで構成されていて、ネタ元はギリシャのエアコン室外機、最近採取したという虫の音などということ。こういった音像のバックグラウンドをもとめていた時だったので勉強になりました。 ライブ後は例によってリエフの事務所でうちあげ。ご飯をいただいた後、リエフや街の人と別れ貸し切りバス(バス・タクシーのようなかんじ)で次の目的地、ニジニ・ノヴゴロドへ移動。 車内は我々6人と3人のノイズ・パフォーマーにイベンターのリューダ。ぎゅうぎゅうの車内でしたが、にぎやかに6時間。早朝4時に現地到着。 ついたホテルはいかにもソビエトな(もうロシアですけど)重厚な作りの建造物で、ひさしぶりにしっかりお湯もでてぐっすり眠りました、とさ。 D...
fujiwara
2008-10-12T15:27:17+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #6
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000340.html
本日はモスクワからバスに乗ってアレキサンドルフへ移動です。 午前11時に我々をのせるバスが到着。移動先のアレキサンドルフからヘレンさんとその娘さん二人(メアリーと妹のセビナ)が来てくれました。 どうやら娘二人は英語が話せるということで通訳として駆り出されてきた様子。申し訳ないっす。アレキサンドルフへ向かうバスの中でお母さんがロシア語でロシアの歴史を車窓から見える建築物とあわせて解説してくれました。 アレキサンドルフはイワン皇帝がロシアを治めた場所で、暴君となり、妻を殺し、息子も川に沈め、その亡がらを担ぎ歩いてモスクワに行きクレムリンに埋めたのだそうです。(聞き違いもあると思うので、後ほど訂正が入るかもしれません。。あしからず) モスクワから木村君の出身地である北海道のような風景が続きます。 走ること2時間。アレクサンドロフに到着。 昨日リューダが「モスクワはモスクワ。ロシアとは違う。明日、あなたたちが行くアレクサンドロフこそロシアを感じられるはずよ。」と言っていたままの街です。都会であるはずなのですが、未だグローバリゼーションというか、ワールドスタンダードというものに感化されていない、ある種の寂しさに包まれているような場所です。ちょっとこの町並みと似た場所は日本に残っていないかもしれません。 宿泊先に荷物を置いて、今日のイベントを仕切ってくれたリエフさんが昼食に招待してくれました。 リエフ氏。ずっとにこにこです。 久しぶり(というかこの旅初めての?)まともなご飯。うまかったー!ロシア料理は日本人の口に合いますね。フツーに(特殊でなく、という意味で)ウマイです。 この日の会場はリエフさんが館長をやっている博物館。 どこの倉庫かと思われるかもしれませんが、ライブ後の打ち上げで判明したところによると、ものすごく古い建物でなんと16世紀に立てられたイワン皇帝の馬小屋(!)だったところだそうです。ロシアでは古い建物を改築しつづけてずっと使うのが普通のようです。 建物の内部。今日の会場です。 開演は17時。早めの時間です。 お客さんは近所のオジサン、オバサンと沢山の子供たちで大入り満員。 会場の雰囲気とあいまって映画「ミツバチのささやき」にでてくる「田舎にやってきた巡回映画館」のノリです。こういう田舎街でSXQ!の音楽がどんなふうにサウンドするのか読めず。まぁいつもの調子でやるしかありません。。今日は2セット。奥の手で日本でも最近有名になった実写アニメーションのチェブラーシカの挿入歌も用意していざ本番。リーダー松本が客入れで尺八独奏。 そしてライブでは一曲終わるごとにモーレツな歓声が!音も写真もないのでうまくお伝えできないのがもどかしいっす。そして最後のチェブラーシカは当然のように全員手拍子でサポートしてくれました。終わったあとはスタンディング・オベーションで、オジチャン・オバチャンの最高の笑顔を見たときフジワラもグっときました。 ライブ後、リエフさん(リエフの意味はライオンだそうです)の事務所で打ち上げ。この事務所がまた田舎の小学校の校長室のような部屋で、リエフさんとっておきのアレクサンドルフ製のウォッカで乾杯! これがチョ=うまかったっす。その土地でのむ地酒はやっぱ最高っす。リエフさん一気飲み。明大出身としては先輩についていくしかありません。 リエフさんは英語が話せませんでしたが、辞書を片手にコミュニケーション。言葉がわからない分、リエフさんや地元の人たちのあたたかさがバシバシ伝わって感激の夜になりました。 明日はオフ。また夜にニジニ・ノブゴロドへ移動。旅もそろそろ中間点です。 D...
fujiwara
2008-10-12T15:08:40+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #5
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000339.html
2段ベットの上のほう、楽器と添い寝で列車に揺られて8時間。朝の6時にモスクワ到着。東京並みに暖かくて拍子抜け。こちらのスタッフが出迎えてくれました。 早朝の町並みですが、サンクト・ペテルブルクとはまったく違う顔をしています。広告の多さと雑多なところがロサンゼルスっぽい、、か。 案内されたホテルは、「こんなところに?」という場所でした。 なんというか、公団住宅街ですな。日本でいうところの高度経済成長下につくられた初期コンクリート建築物。古くなったものも見受けられます。 スタッフが観光もすすめてくれましたが、今日本番ということもあるし、移動で疲れていたのでホテルでゆっくりすることにしました。 夕方、スタッフが迎えにきてくれました。車が手配できなかったのでいわゆる白タクで会場入り。タクシー料金が高いロシアではまったく普通のことのようで、運転手もなれたものでした。こういうところも自由主義なんでしょうか。あるいは昔から乗り合いだったのかも。 会場の名前はドム。 google map ドムはモスクワからのブッキングをしてくれているリューダさんの亡くなった夫がたちあげたイベントスペースで、バナは「渋さ知らズ」で一度出演しているところです。 会場内 オリジナルのポスターが飾ってありました。これ以外にも数種類。迎えてくれているのが伝わってきて嬉しいっす。 我々の音だしもそこそこに、対バンのセルゲイ・レートフひきいる「サックス・マフィア」のリハーサルが開始。ドイツ人のマルチプレイヤーがサックスとピアノ、カオスパッドやテルミンなどのエフェクターを駆使し、もう一人のリード奏者とトリオで演奏。セルゲイとは12月に来日が決まっていて、SXQ!と再び一緒になります! 本番ではドイツのサイレント・ムービーに即興で音をつける、というパフォーマンスでした。SXQ!のメンバーもセルゲイ初め、彼らのテクニックに驚愕。まったく無理のないセルゲイの奏法は私の目指すところでもあり、勉強になりました。 その間、ロシアの公共放送の教育チャンネルのインタビューがあり、全国放送されるようです。 セルゲイ率いる”サックスマフィア”の素晴らしい演奏に触発され、リーダー松本もちょっと緊張ぎみ。こういう時ってリーダーは大変なのです。そして最後に我々の出番。 満員のお客さんの前で、はじめから飛ばすSXQ!。若いお客さんを中心にどんどんヒートアップしていき、キメはバリトン吉田のソロ!譜面台を叩き落とすパフォーマンスでボルテージは最高潮に!大歓声のなかアンコールも演奏して最高の夜になりました。演奏後は日本語を勉強中のロシアっ娘や日本大使館の公使の方などと語らい、リューダの好意で即席打ち上げを会場で行いました。 その後、バナの友人のスヴェータとリューダのスタッフであるマックスが夜のモスクワを案内してくれました。珍しく暖かなモスクワの夜を良いパフォーマンスのあとブラブラするのは気分が良いです。 夜の赤の広場は思った以上に「来る」ものがあり、しばらく言葉を失いました。ロシアの誇り、至高へ突き進む自負などを強く感じます。 さすがに夜中の2時まで散歩していたので夜は倒れるように眠りにつきました。 つづく。 D...
fujiwara
2008-10-12T14:44:48+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #4
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000336.html
3日目 さてさて、2日目(ロシアに入って初日)にサンクト・ペテルブルクでのイベント前夜祭に出かけた一行。単音入魂のギターアンサンブルを聞いて、さて明日の本番に向けてスケジュールをイベンターのアレクセイに確認しにいったリーダー松本。戻ってきた彼の笑うしかないといった表情で彼曰く、 「明日の会場が閉鎖されたらしい。」 一同爆笑。 で、どーすんの?どーしょもないか。。まーロシアの京都を観光できたってことで、、。いや、ドーすんの?、、まぁ、成り行きで、、。で、なにがあったって?ゲイパーティ? んで? わからない? そんなこんなで会場でぶらぶらしながら成り行きを見守るしかない一行。そこですっかり忘れていたさ。あの言葉を。"may the force be with you !" それが効いたかどうかは知らないけれど、百戦錬磨のアレクセイがなんと30分も立たないうちに新しいハコをブック!!スゲーっ!しかもハコの名前が"GEZ21"。「ギャラリー・オブ・エクスペリメンタル・サウンド 21」なんとも我々にピッタリじゃないですか。後日判明したところによると、予定の場所の消防施設の不備が表向きの理由らしいが、スタッフはその理由を信じていない。結局今も謎のまま。 なんにせよ、よかった。 ライブ当日もお昼から別のスタッフのアーニャ(アナスタシア)が市内を案内してくれました。 彼女はデザイン先攻の大学3年生。中には入りませんでしたがエルミタージュ美術館と宮殿広場、キリスト復活聖堂、世界で3番目に大きい寺院でもある聖イサク寺院、ミハイロフスキー城などを案内してくれました。 現地の人が一緒でないと、なかなかバスには乗れません。以外と貴重な体験。 エルミタージュ 宮殿広場 聖イサク寺院 リーダー松本が本番でのスピーチをロシア語でするべくアーニャに教わっております。 夕方、ライブ会場へ。モスクワ駅(行き先の名前が駅名になっている)近くの会場は古い建物全部がエクスペリメンタル・アートの展示場、カフェになっています。最上階の奥にライブスペースがありました。ハコのオーナーはヨーロッパにその名を知られたミュージシャンで、大きさ、雰囲気ともSXQ!に最適な環境です。 なにかなつかしい。と思ったら「学館」(大学の学生会館)。まるでタテカン。 最上階の屋根裏にある会場。広さも音の響きもSXQ!に最適。 3日ぶりで楽器を吹くので、ゆっくりウォームアップしてオンタイム19時にライブスタート。早い時間だったので最初はお客さんもまばらでしたが、最後はユースホステルで一緒だったドイツ人カーペンターやブラジル人法律家も来てくれました。 この衣装、やはり作る人も限られているようで、もちろんオーダーメイド。右から2番目にちょっと顔を出してるのが陽気なブラジリアン。 ライブではここまでの長い道のりで溜まりにたまった情念がほとばしった、という感じでしょうか。バリトン吉田は皆のそういうテンションを察してしっかりベースパートに徹してくれ、バナこと立花のピン・ソロ(伴奏なしの単独演奏)がすごく良かったです。 ライブ後、お世話になった皆と歓談。今日は10時発の夜行でモスクワに向かうので食料の買い出しをして、(ちょっと時間を勘違いした買い出し隊はまたしても皆をハラハラさせたのでしたが、、)乗り物好きにはたまらないロシアの夜行列車に乗車。 アーニャやスタッフが最後までケアしてくれて、涙のプラットホームです。 切符がまとめて手配できなかったようで、二手に別れて乗車です。私の乗った列車にはリーダー松本、吉田、バナと私。ロシアの夜行になれているバナの勧めでデッキで宴会。こういう非日常も旅の醍醐味ですねー。とうがらしの入ったウォッカで乾杯。 朝6時にはモスクワに入ります。 つづく D...
fujiwara
2008-10-04T23:00:36+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #3
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000335.html
2日目(のリポート) 「ドーブラヤ・ウートラ!」 今は3日目の朝9時。すっかりsxq!のベースになっている下のカフェ。朝だというのにほろ酔いのロシア人のおっさんとムスリムの青年がウォッカをグビグビやっています。おっさんは歌を歌ってくれました。(そーいえばムスリムなのに酒のんでいいのか?)その後、彼らはここの従業員らしいことが判明。夜勤が終わって一杯やってたんだね。 ところが内の"ゴールデン・エンジェル”木村マサヤは寝起きでビールのんでるし。 カフェの名前は特になくただ「カフェ24」。街をあるくと沢山のカフェがあります。それからスシバーの多いこと!東京のスタバなみにあります。2年程前から増えているそうです。くわえタバコのオバサンも多い。 2日目はのんびりと。「カフェ24」で朝食をとった後はユースホステルの周辺を散歩をしたり、ユースの同居人と交流。 黒いベストに細いネクタイ、お揃いの衣装に身をまとった3人組の青年はドイツから来ていた大工さん。ドイツでは大工になるのに3年間の下積みをした後、衣装を身にまとい放浪しながら仕事をさがすというシステムになっているそうです。(ヘェ〜)彼らははじめからグループであったわけでなく、旅の途中で一緒になった仲間なのだそうです。 リーダーまつけんが尺八を指南。 この後、シベリア鉄道沿いに旅を続け、モンゴル、中国をへて12月には日本にも来てくれるそうです。街で黒いベスト、独特の杖をつき、七つ道具を担いだドイツ人をみかけたら仕事を!家も立てるし、色々作れるそうですよ。 ジャーマン・カーペンターの7つ道具。 サンクト・ペテルブルクはソビエト連邦時代「スターリングラード」と呼ばれていました。初日に空港から市内へ車で送ってくれたスタッフのウラジミール(薬剤師の勉強をしているそうです)によると空港周辺は"スターリン・スタイル"で建物、町並みがデカくて直線的で角張っています。ソビエト崩壊後、特に変わったことは何かと聞くと、照明がやたらと増えたそうです。自由主義とともに宣伝もどっと流入してきたのでしょうか。街を走る車はやはりドイツ車、日本車、韓国車が多く、共産党の作った車は皆古く、デザインも独特です。 ユースホステル周辺は昔の町並みが残っていて、古都の雰囲気があります。 我々が今いるユースホステルはここだ! google map さすがにすべてがデカくて広い。見よこのドアの大きさを。 ユースに新しく入ってきたブラジル人弁護士はフィンランドから来たそうですが、サンクトは首都モスクワより北欧の地域に近いのですね。 2日目の夕方から開催される前夜祭に向かいつつ、スタッフのカーチャ(エカテリーナ)が市内をぐるっと案内してくれました。カーチャは医学の研究員として働いていて、彼女のとても素敵な笑顔に一同ぞっこんです。 街には運河が流れ、色々な銅像が立っています。 女王エカテリーナの像 この日のサンクト・ペテルブルクは雨が降ったりやんだり。風がふくとかなり寒いです。だいたい東京の12月くらい。 サンクトでのイベントの前夜祭会場。バブル景気を感じさせるおしゃれな建物です。来ているお客さん、スタッフも街でよく見かける感じの「共産圏」的な装いでなく、あか抜けてました。 出演したバンドはギターリスト5人、ベースにドラム。リーダーはNYCから来ているアメリカ人で70年代に作曲した曲を披露。全員同じ音でカッティングが静かにはじまり、音量が徐々に上がっていきます。コードの展開もメロディーもなし。ひたすらシングルノートを合奏。 フレームドラムやダラブッカといった中近東のドラムアンサンブルもそうですが、単音とはいえ、5台のアンプから少しずつ違う音色が独特の倍音のうねりを生んで興味深かったです。 時差ぼけと、散策でくたくたの一行。晩飯にありつこうと街をまた歩きますが、めぼしいものは見つからず。結局例の名もないカフェへ。 すると初日に我々を迎えてくれた店員のお姉さん(エルヴィナという名のムスリム)が「また来たわね!」と再び笑顔で迎えてくれました。今回は壷にはいったロシア風肉じゃがをメンバーが注文。かなり旨かったです。結局、このカフェがサンクト一番なのではないかということで全員一致。満腹でそのまま就寝。 3日目はいよいよSXQの登場です。このロシア初公演にも衝撃的ハプニングが発生! 例によって続く。 D...
fujiwara
2008-10-03T16:11:28+09:00
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sxq! russia~lithuania tour #2
http://fujiwaradaisuke.com/article/archives/000334.html
アジン 1日目 その2 今日の朝飯は下のカフェでボルシチ、サラダ、ピラフとコーヒー。ボルシチは赤かぶの入った真っ赤なスープで汁物好きにはたまりません。 他にシチィーというキャベツのスープやサリャンカというスパイシーなスープも美味しい。 無事こうして朝飯にありつけるのがありがたい。前日、10時間のフライトでモスクワの国際空港に到着した一行は、サンクト・ペテルブルク行きの乗り継ぎが4時間半もあったのでのんびりしておったわけです。 国際便の発着するターミナル1から国内線へのターミナル2まではバスに乗るということで、バス乗り場に向かいました。 忘れもしない817番のバス。 この国の人たちは「並ぶ」とか「ゆずる」といった意識の持ち主は飯にありつけないとでも思っているようで、この817のバスに右から左から正面から殺到します。我々も負けじとスクラム組んで応戦。 ようやくたどり着くと、なんだか運転手が怒ったようにダメだと言っている(ようだ)。親切な乗客の一人が英語で「トランジット用は次のバスって言ってるわ」と教えてくれました。 そこで第2戦。だんだんこっちもずうずうしくなってきます。(あーこうして心がスサんでいくのね)しかし!またしても乗車拒否。「どうゆーこと??」 アメリカツアーの時は言葉がわかるので何処にいても不安は感じませんでしたが、言葉がサッパリ分からない、誰ともコミュニケーションできないというのはかなり不安です。当たり前のことですが、英語が通じる場所しか来たことがなかった身には改めて言葉の大切さを思い知った次第です。 後ろから来ていた観光バスがアエロフロートのトランジット専用だということがわかってようやくターミナル2へ移動開始。このバスも途中で無意味に停車したりするのでさらに不安が募ります。 同じ空港でありながら滑走路を迂回するように走ること十数分。ようやくたどりついたターミナル2は朝の新宿駅改札なみの混雑。トランジットのシステムといい、利便性やサービスという概念はこれからの国のようです。 行列に並んでフライト40分前にチェックインカウンターにたどり着いた(たどり着いてばっかりだ)ものの、前の韓国人旅行者がなにかトラブっている。ロシア語が分からないのでどんなトラブルだか想像するしかありません。どうやらキムさんがいないようです。しきりにキムさんを探しています。キムさんの仲間は彼はまだセキュリティーを通過していないと言っているようです。そうこうしているうちにどんどんフライトの時間が近づいていきます。 いないキムさんも大変だけど俺たち先に通してくれよぅ、となんとかアエロフロートのオバチャンにうながしますが、まったく無視。次々にやってくるアエロフロートの係員も「この忙しいオレサマにきくんじゃねー」とか「私に聞いてもムダよ」的にとりあってくれません。 そうしてついにゲートは閉じてしまいました。ガーン。 他の客のトラブルで手続きができない、ということに不条理を感じつつ、まぁ普通なら(あくまで日本の普通)次の便に振り替えてもらえるものとタカをくくっていたけれど、そこはロシア。さすがにタライまわしもお手の物です。 次の便ももうだめか。こうしてオレたちはモスクワのみぞれまじりの空のした、身を寄せ合って野宿するのね。と演歌でも歌いたくなってきたところで、ようやく助け舟が! そうしてすったもんだのあげく、こちらの時間で深夜0時、一行はサンクト・ペテルブルクに到着したのでした。 この日の宿は市内のユースホステル。となりに24時間営業のカフェがあったので、なにはともあれオツカレのビールで乾杯! カフェの店員さんには笑顔がありました。そう、ロシアの人でも微笑みのある人はいるのです。 そうしてサンクトの夜は更けていったのでした。 今日2日目も雨。今夜は前夜祭でギダーリスト10人のギター・オーケストラの演奏があるようです。 D...
fujiwara
2008-10-02T17:32:13+09:00